産後の生活について

今更感がすごいのですが、産後8ヶ月経ったので、当時の気持ちを思い出して、産後の生活でも振り返ってみたいと思います。

 

産後1ヶ月目

出産前と比べて14キロ体重が落ちました。普通に1ヶ月でこれだけ体重変動があるってめちゃくちゃ怖くて、これだけで体力を奪われたような気がしました。でも後で見事にリバウンドします。この時にきちんとダイエットしておけば...

産んでから家に帰ってからの1ヶ月間は、ずっと娘と寝る→起きたらオムツ→授乳→搾乳→哺乳瓶を繰り返してました。もうずーっとルーチン作業で、授乳回数も14〜18回と多めだったので、あまり記憶ないです。

産前は、哺乳瓶洗うのめんどくさいから完母でいきてーと思ってましたが、娘がNICUに入っていたことにより、哺乳瓶に慣れてしまって母乳を吸う力が弱かったため、哺乳瓶よりめんどくさい搾乳器を使うという作業が追加され、もう正直2人目があれば、初めから哺乳瓶という選択肢もありだと思いました。というか搾乳器に比べたら哺乳瓶洗うなんてなんてことなかったなと思います。

幸い母乳は捨てるほど出たので、授乳して、5分ずつ搾乳器で左右の乳を絞り、それを哺乳瓶に入れて飲ませてました。本当に洗うのと消毒液から出して乾かして組み立てる、そして絞る作業がめんどくさくて、なにやってんだろ...と思ってました。

入院中、授乳できたのが4回しかなく、一応自分の入院中に人形で授乳の練習をしましたが、そんなものなんのスキルにもならなくて、母乳外来に2回ほど行きました。吸う力が弱いのは、もう練習あるのみだと言われて、乳のことしか頭になかったです。

ちなみにこの同時期、乳腺炎というトラブルに見舞われて、1ヶ月のうちにマッサージを4回ほど受けに行きました。想像を絶する痛みに悶えました。もう2度としたくないです。

吸う力が弱いから母乳出てても吸い切ってくれないので、結局搾乳器使ったり、自分で絞ったり、飲んでくれないのに母乳を生成する過程はできあがっていたので、吸う量は少ないのに母乳量が多くて安定しないという負のループに陥っていました。

乳腺炎に対しての恐怖心がすごくて、四六時中乳腺炎の検索を繰り返す検索魔と化し、食べ物が関係ないことはわかってるけど、食べ物に気をつけてみたり、肩こりが良くないというか、肩周りのリンパの流れを良くした方がいいと聞き、肩回しの運動をしたり、母乳にいいお茶を飲んでみたり、水分補給は大事なのですが、飲み過ぎると逆に母乳を生成してしまうので、1回量の水分補給の量を減らしたり、乳が張ってきたら自分で絞ってみたり、飲むときの体勢も変えて変えて、詰まっている部分を赤ちゃんの下唇が当たるようにして飲ませた方がいいと聞いて実践したりと、ものすごく神経質になってました。

私の場合、白斑とかはできずに徐々に乳が膨らんで詰まっての繰り返しで、毎回「あ、やばいくる」という小さな恐怖から、必死に自分で絞って詰まりを取ろうとするも、徐々に岩でも詰まってるんじゃないかと思うくらいカチコチになって、絶望感がすごかったです。しかも決まってほぼ同じ位置の乳腺が詰まっていたので、どこをどう絞れば、この乳腺の母乳が出てくるところまでわかっていたのにそれでも詰まって、辛かったです。

そして、産んだ季節が夏で、秋に差し掛かるころだったので、割と台風が来たりすることが多かったのですが、決まって天気が崩れる時に気圧の変化なのか詰まることが多かったので、天気予報や気圧の変化にも神経質になってました。

そんな努力のおかげなのか、時期的な問題なのかわかりませんが、1ヶ月をすぎてしばらくした頃にパタンと詰まるのが止みました。

たぶんですが、時期的な問題が本当に大きかったと思います。それまで何をやっても詰まっていたのにある日から急に詰まる感じもなくなって、そこからは何を食べても詰まることはありませんでした。

そして搾乳器は役割を終え、吸う力の弱かった娘も、鬼の授乳回数を乗り切ったことで、普通に飲めるようになっていました。

こんなに辛いなら母乳をやめめミルクを使いたいと思っていたのですが、こんなに母乳が余っている中、結局冷凍して使わなかった母乳も大量にあったので、ここでミルクを導入することはできないし、というか1回でも授乳をミルクに変えると、乳が爆発してしまうので、この時はミルクを使えず、そしてそれが後々問題になるということをわかってませんでした。

 

産後2ヶ月目

母乳トラブルも解決して、娘の世話にもだいぶ慣れてきたので、余裕が生まれました。相変わらず授乳回数は、12〜14回と多めでしたが、気持ち的にはだいぶ楽になって、家事もできるようになってました。

この頃まで寝かしつけは、抱っこでしていたのですが、ネントレの本を買って読んで、自分なりに楽な寝かしつけ方法を考えようと思い、寝かしつけ方を変えたり、ベビーカーで外気浴も始めたので、自分の中で生活にメリハリができてきた感じがしました。

娘もぼや〜としていた新生児期が終わり、顔もだいぶしっかりしてきて、よく笑うようになったのが楽しくて仕方ありませんでした。この頃、初めて自分でおもちゃのガラガラを持って投げたり、ゲップさせようと肩に頭を乗せると、自分で頭を持ち上げようとしたりと、成長が感じられて、嬉しかったです。

そしてやっと悪露が終わり、お風呂に浸かれたことが本当に幸せすぎました。旦那がお風呂に入れるときは、娘と一緒に浸かれたのですが、わたしが入れる場合は、沐浴してから自分のシャワーの時間で、お風呂だけでどっと疲れてました。

 

産後3ヶ月目

この頃になると、だいぶ安定した感じはあって、それでも授乳回数は、9〜14回と多めでした。やっと一桁になったことに感動して、夜は2〜3時間寝て、リズムができてきた感じでした。日中動けることも増えてきたので、娘と昼寝はせずに本格的に家事をして、涼しくなってきたので外気浴もほぼ毎日行ってました。

そして、産後の一大イベントといっても過言ではない100日祝いのお食い初めがあったので、義両親を呼んでスタジオアリスで写真を撮りました。ちょうどその頃、寝返りができるようになってきて、たどたどしい寝返りでしたが、ごろんっと転がる様子も見せることができて良かったです。ちなみにお宮参りもこの時期に行きました。近くに観光地にもなっている正月に駅の近くまで参拝者が並ぶような大きい神社があるのですが、そこへ散歩を兼ねて歩いて行ってきました。祈祷前に娘が盛大に大の方をしたのがいい思い出となっております。

寝返り返りもして、少しずつ動けるのが楽しいのか始終ご機嫌な娘を見るのはとても楽しく、まだまだコロナもあって外出は必要最低限でしたが、家の中でゴロゴロして過ごしていました。

義両親が来る前に髪の毛のボサボサ具合がやばいので、美容院に行ったのですが、思いの外時間がかかり、3時間を少しすぎてしまったのですが、娘は旦那に抱かれながら大号泣してました。まだゆっくり美容院ですごせるのは先の話だなあと思いました。

そして産後1ヶ月で減った体重が、物の見事に戻りました。完母は痩せると聞いていましたが、人によるのだとほんとにしみじみ思いました。

 

産後4ヶ月目

寝返りから1ヶ月した頃、いつのまにか方向転換ができるようになっており、いつの間にか違う方向を向いていることが増えました。うつ伏せが好きなようで、日中起きてる間は、ずっとうつ伏せで過ごしており、機嫌よくニコニコしていることが多かったです。

イベントが過ぎ去ったので、かくいう私は抜け殻のようになっていて、日中の外気浴はめんどくさいという気持ちから3日に1回ほどになってました。

そして、産後2ヶ月ごろから薄々気づいていたというか、気づかないふりをしていたのですが、哺乳瓶が飲めなくなっていて、焦って哺乳瓶を与えてみるもギャン泣きで困っていました。

4月から保育園に入れるつもりだったので、哺乳瓶飲まなきゃめっちゃ困る!と思って、哺乳瓶の練習を開始。しかし上手くいかず、口にも入れてくれない日々が続きました。

そして、あんまり抱っこしていないにも関わらず、まさかの左手首が腱鞘炎になり、痛みに悶えてました。いまだに寝返りとか打つときに股関節がパキッて鳴るなあとか悠長なこと考えてたら、まさかの腱鞘炎に泣きました。

妊娠線も消えないし、帝王切開の後はケロイドになって、若干痒いし、踏んだり蹴ったりでした。しかも傷跡って、雨の日とか気圧が低い日にズキズキするんですよね。もう傷は塞がってるのに不思議だなあと思いながら、痛いのは嫌なので、天気の悪い日はテンションが下がります。

 

産後5ヶ月目

離乳食スタートしました。最初はおかゆから、野菜を足して、魚も食べさせてと、段階を踏んでだいぶゆっくりめに食べさせてました。最初は嫌で、口から吐き出すことも多かったですが、徐々に慣れていき、おかゆは好きみたいです。

ミルクに慣れてもらおうと思い、離乳食に入れて食べさせると味に少しずつ慣れてくれました。おかゆに入れてミルク粥風にしたり、バナナに入れてみたりと、普通じゃ飲めないので、とりあえず味に慣れてもらおうと思ったのですが、これが案外良かったてます。同時にコップ飲みを練習し始めたのですが、それも良かったのか、ミルクの味にも慣れ、コップ飲みにも慣れ、ゆくゆくはミルクをコップから飲めるようになりました。結果的に哺乳瓶では飲めていません。

 

産後6ヶ月目

この時期初めて熱発しました。おそらく原因は便秘かなと思っているのですが、原因は不明です。なんか身体熱いなあと思って、熱を測ると38度台で、しかも週末の夕方でどうしようかと思いました。

熱がある以外は、機嫌も普通で、ぐったりとしているわけでもなく、母乳も飲めていたので、どうしようかなと思いながら、一応小児救急ダイヤルに電話しました。案の定、朝まで様子を見てくださいとのことで、朝まで様子を見ましたが、熱は上がってきて、39度代になるし、ぐったりというより疲れて寝ている感じでしたが、心配だったので、救急外来を受診しました。

尿検査を取るために採尿パックをつけて、病院に3時間ほどいたのですが、結局出ず、家に帰ってからパックに尿が溜まっていました。解熱剤と抗生剤を処方され、一応抗生剤は飲ませたものの、1日分しか処方がなく、絶対意味ないよなと思ってました。

尿は、目視では綺麗で、混濁も見られず、若干この時に初めての便秘というか、毎日出ていた便が出ていなかったので、このせいじゃないのかと思いながら、次の日が週明けだったので、かかりつけ医に行きました。

その時にはもう熱は下がっていたのですが、咽頭ぬぐいの検査をしてもらい、それも陰性。採尿パックもかかりつけに行く際に付けていったので、それも見てもらいましたが、やっぱり陰性でした。

熱が続いたせいか、割と機嫌が悪くなっていて、いつも診察時泣かないのに泣いたり、夜泣きもあったりして、本当に心配しました。

一旦解熱したし、様子を見ることにしましたが、その2日後にまた熱発。まさかのかかりつけ医が休診の日だったので、また救急外来に行きましたが、原因はわからず。前の解熱剤が残っていたので、ぐったりしていたら解熱剤を使うということで、帰宅しました。

結局母乳も飲めないくらいにぐったりすることはなかったので、解熱剤は使用せず、最終的にやっぱり便秘じゃないの?と思ったので、次の日にかかりつけ医に受診して、浣腸してもらって、大量の便が出て、次の日には解熱しました。

ここから、便秘との攻防戦が始まりました。

たぶんおそらく離乳食のせいだと思うのですが、そこから便が出なくなり、腹部マッサージ、綿棒浣腸、離乳食の時にさつまいもやバナナを食べさせてみたり、オリゴ糖を入れてみたりと、四苦八苦してました。だけど、自力での排便が困難で、結局綿棒浣腸、そして3日で出なければかかりつけ医に行って浣腸をしてもらっていました。

母乳のみの頃は、毎日快便で、しかもガスの圧がすごくて、おしりを拭いた刺激で何度も布団や服を便まみれにされていたのに、まさかの便秘になってびっくりしました。

もしかしたら母乳が足りていないのかもしれないと思い、水分量を増やすためにミルクや麦茶を多めに飲ませてみるものの、出てくる便は柔らかく、排尿回数も変わらず出ていたので、正直困ってました。

そして、ちょうど保育園も決まりました。0歳枠なので、倍率はすごいけど、共働きだし、どこかには入れるだろうと思ってましたが、なんとか第4希望のところに入ることができました。コロナの影響か、前年度よりは応募者数が少なく、倍率15倍くらいだったのですが、あ〜一安心と思うも束の間、哺乳瓶拒否という問題が残っていたので、哺乳瓶トライを試みるも、やっぱり飲めません。努力の甲斐あってか、哺乳瓶の乳首を口に入れるところまでは拒否なくできるようになりましたが、肝心の吸うことができないというジレンマ...

 

産後7ヶ月目

ここでやっと保育園にも入るという余裕が出てきて、産後初のマッサージに行ったり、ボサボサプリンの髪の毛をなんとかしに美容院に行ったりと自分のことに時間を使えるようになってきました。

復職があるので、生活リズムを整えようと、娘と一緒に寝るようになったのですが、20時に寝ようと思っても寝れず、結局0時に寝て7時に起きるという生活になっていました。昼寝はせずなので、このままじゃ健康に悪いと思いつつも、そんな生活が続き、勝手に自分で自爆して睡魔不足という。幸い娘は、規則正しく生活できているのが不幸中の幸いで、慢性的な睡眠不足に悩まされていました。

相変わらず便秘が続き、ラキソベロンを処方されたものの出ず、整腸剤で出ることがあるからとミヤBMを処方されて飲ませてみるも出ず、もう諦めかけていました。

保育園に行ったら出るかもしれないとかかりつけからは言われ、保育園にはかかりつけに相談して便秘を何とかするように言われ、板挟み状態でした。

綿棒浣腸も動くし、ずり這いも始まったので、危ないし、浣腸しにかかりつけに駆け込むことが多く、とりあえず1週間でなければ様子を見ようということになりました。

娘はすくすくと成長して、ずり這いを覚え、お気に入りのおもちゃができ始め、好きなところへ好きなように移動するようになってきました。

 

産後8ヶ月目

保育園入園しました。それに伴い、慣らし保育がスタートして、ようやく日中で1人の時間が持てて、この間に美容院行って髪の毛染めて、縮毛矯正して、ヘッドスパして、産後マッサージ行って骨盤矯正して、もみほぐしにいって全身マッサージして、まつげパーマ行って、自分の服を買いにショッピングしたりと、めちゃくちゃ1人の時間を堪能してました。

ふとした拍子に、なんかもう一緒にいれる時間ってすごく少なくなっちゃうんだなと思って憂鬱になったり、小さい時期は今しかないのにもったいないことしてるのかもしれないと思ったりもしましたが、だいぶリフレッシュを味わってしまい、嬉しさ半分寂しさ半分といった感じでした。

本当に家にいると、朝起きて離乳食食べさせて、午前睡して、外散歩行ったり買い出し行ったりして、帰ってきたら今度は午後睡して、起きたら離乳食食べさせて、お風呂入れて、寝かしつけっていう工場もびっくりのルーチン作業の繰り返しで、職場のような人間関係のストレスだったり、突然のトラブル到来はないものの、毎日同じことの繰り返しって飽きるし、刺激がないので、頭ボケボケになっちゃって、逆にどうにももどかしいストレスが蓄積していくのがわかるんで、それが嫌でした。

やっと外の世界と繋がりができたようで、慣らし保育中は特にトラブルもなかったので、大いにストレスを発散できたと思います。

 

 

今振り返ってみると、産後1ヶ月目くらいは、乳腺炎で悩んで悩んで病みそうになってて、産後3ヶ月目くらいからは、生活スタイルには慣れたけど、娘とずっと一緒にいるという状態が嫌じゃないけど、息が詰まってきたような気持ちになっていました。

他にも離乳食を食べなくて発狂されたり、吐き出されたり、夜中なかなか寝付かなくてイライラしたりすることもあって、赤ちゃん相手に自分は何をイライラしているんだろうと思ったりもしました。

いまだに時々帝王切開した傷跡は痛むし、産後の寝たきり生活で、体力はミジンコ以下だし、骨はガタガタのパキパキで、腱鞘炎になるし、踏んだり蹴ったりだなと思ったこともありました。

でも、一時期はNICUに入っていた娘が、ちゃんと成長してくれて、息をしてくれているっていうことだけでも、幸せだなと日々痛感します。

長くなりましたが、産後の生活は、トータルで見るとなかなかゆっくりできていたんじゃないかなと思います。1ヶ月は寝たきりだったし、2ヶ月目までは、ほんとにダラダラさせてもらってたので、その後が楽だったように思います。

これから復職して、こんなゆっくりとした時間に戻りたいという日がくると思うのですが、こんな時期もあったなあ、幸せな時間を過ごせたなあと思いながら、これからの生活を頑張っていきたいと思います。